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さまざまな演奏習慣について

先日、タファネルのヴィルトゥオーソ・ピース(フルート)のリハーサルをしていたところ、ブレスについて議論になりました。フルートが、華麗にアルペジオやらトリルやらで彩られたテーマを吹くのですが、これが、「どこでブレスすんねん」という話です。ピアニストとしては、フルートを聴きつつ、ブレスするところでは微妙に間を取り、苦しそうなところはそれとなく進める…ということになるのですが、それでは大抵フルートは溺れずに吹き切ることが目的になってしまい、まぁそれがヴィルトゥオーソたる所以でもあるので、そういうものだと思っていました。息が足りない場合、これは木管楽器あるあるかもしれませんが、半拍ほど音を省いて吹く、ということがあります。音楽の流れを重視するとそれで大体うまくいくのですが、実際作曲家は音を書いているわけで、じゃあタファネルはどこで息をしていたんだろう?と長年不思議に思っています。昔のフルートでは使う息の量が違うのでしょうか。ちなみにピアノでは、オーケストラのややこしい編曲版でない限り、作曲家が書いた音を省くということは通常しません。わたしの考えは、タファネルさんの時代には、皆ブレスしたいところでめいめいにしていたのではないか、我々がメトロノーム的なテンポ感に支配されすぎているのではないかと。

それはともかく、演奏していると、不思議な演奏習慣に出会うことは多々あります。ヴェルディ《レクイエム》のSanctusの合唱の最後、なぜかフェルマータするんですよね。楽譜にはないのですが…。フェルマータのない演奏は聴いたことがありません。

10年ほど、サントリーの一万人の第九の練習ピアニストを務めていましたので、第九は色々聴きましたが、これまた最後のmaestoso、とてもゆっくりになる指揮者が多く、弦楽器が上から降りてくるのを引き延ばす演奏がよくあります。ここは四分音符で振って、むしろその下降音型で加速して欲しい!と、個人的な趣味ですが思っています。

他にもオペラは演奏習慣に支配されているような気もしますし、ムーティ先生は「歌手が歌声をひけらかすための習慣は無くすべき」とどこかでおっしゃっていましたが、でも思う存分に美声を楽しみたいというのもわかります。不思議な演奏習慣は悪いとは思いませんが、今一度見つめ直すことも大切ですね。

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