今日は恩師の研究会に参加してきました。大学受験の際にお世話になり、今もこうして演奏を聴いて下さって、見守って下さることに感謝です。
さて、ゲスト演奏として、砂原悟先生が演奏されました。砂原先生には博士課程のときお世話になりました。先生がリサイタルでブラームスの後期の作品集をお弾きになったのを聴いて以来、尊敬するピアニストの1人です。今回先生がプログラムの後半で披露されたシューベルトの最後のソナタD.960。息をするのを忘れるくらい素晴らしい演奏でした。シューベルトは(フォーレと並んで)わたしがもっとも好きな作曲家で、とくに疲れたときによく聴きますが、こんなにも自由で、革新的で、独自性を持った作曲家なのだと思い知らされました。
この曲は美しい曲ですが、わたしは怖ろしさも感じます。あまりにも脆く、繊細で、この世のものではない感じがします。それは、作曲家自身が、この曲が最後のピアノ・ソナタであるということを認識しているから、だと思います。死があまりにも身近にあり、その恐怖、哀しみ、祈りが入り混じっています。このような曲を書くと、次の曲は想像が出来ません。
ベートーヴェンも、30番ではなく、31番でもなく、32番でソナタを終えたことに妙に納得します。32番のような曲のあとでは、何も書けないような気がします。
歌手の美空ひばりさんは、周囲の反対を押し切って、《川の流れのように》をシングルに選びました。この歌詞を見ると、これが最後の曲になるとわかっておられたのだとわかります。石原裕次郎さんも、《わが人生に悔いなし》が最後の曲となりました。
坂本九さんの最後の曲は《心の瞳》です。これはほとんど披露されていないので、あまり聴かれることはないのですが、何か人生の奥深さを感じさせる、めちゃくちゃ良い曲です。これが坂本九さんの最後の歌になったとは…それが相応しくて何とも言えない気持ちになります。この曲をラジオに吹き込んで、その帰りに亡くなったのでした。
音楽に真摯に向き合って、音楽とともに歳を取る―。砂原先生のシューベルトから、そんなことを考えました。