このところ、リビングに新しい椅子を買おうと思っています。ゆったりと身体にフィットするような椅子を求めていたのですが、本当にそれで良いのだろうかと、疑問が生じてきました。一度買ったら、気に入らないからと気軽に処分出来るものではないので、椅子選びは慎重にならざるをえません。疑問の発端は岡本太郎でした。岡本太郎さんの「座ることを拒否する椅子」という作品が好きです。氏曰く、椅子の「座ってちょうだい」と言わんばかりの媚態が嫌いである、と。人間と対等である椅子が作りたかったそうです。なるほどそれは、いかにも落ち着かなくて、いかにも座り心地の悪そうな椅子。しかし凛としていて、清々しく、独特の存在感を示す椅子。なんか、そっちのほうが良いような気がする…。
それで、今、ボヘミアの作曲家ミスリヴェチェクの作品を弾いていて、そのすわりの悪さに岡本太郎さんの椅子を連想してしまいました(時代は全然違いますが)。ミスリヴェチェクはモーツァルトへの影響や、イタリアで大成功したことで知られているオペラ作曲家。弾いていて、フレーズ構造はなんともすわりが悪く、リズムはなんとも収まりが悪い。ドゥシークのような酔いはありませんが、3小節フレーズによく慣れておかないと、曲が掴めないまま終わってしまいます。要するに、めちゃくちゃ面白いのです。これを「綺麗に」弾くことは、この人の面白さが伝わらないのではないかと思うほどです。果たして、耳を喜ばせるために曲を書いていたのか?…そう考えると、彼が極貧のうちに生涯を終えたのも、納得できる話です。
やはり、お尻が痛くなるような座り心地の椅子のほうが、わたしの好物なのかもしれせん。