ピアニストであれば、膨大なピアノ曲の中から、限られた人生の中で何を弾くか、という選択はとても重要かと思います。コロナ禍の間にそういうことについてよく考えました。わたしの場合、やりたいことのひとつは、20世紀に起きた2つの大戦によって人生を狂わされた人たちの音楽です。シュルホフやクラインといったホロコーストの犠牲者や、シェーンベルクやヒンデミット、マルチヌーなどの亡命した作曲家、カゼッラ、マリピエロ、各邦人作曲家など撃沈した日独伊同盟国の作曲家の作品に興味があります。そんな中でも、絶対にやらねばと決意していたのがクラインのピアノ・ソナタとヒンデミットの歌曲集「マリアの生涯」でした。クラインはまぁ、勝手に自分で弾けばいいのですが、ヒンデミットのほうは歌い手を探さねばなりません。しかも絶対音感があり、ソルフェージュ(変拍子やややこしいリズム)が得意で、広い声域を持ち、情感があり、深い表現力を持つ歌手を。わたしの知る限り、それは宍戸律子さんでした。そういうわけで、確か1年ほど前にお声掛けしたと思います。すると「ヒンデミット、めっちゃ好きやねん」と仰って、すぐに話がまとまりました。正直に言うと、わたしが聴いていたのは1920年代に書かれた初版のほうで(グールドの演奏)、後日宍戸さんの持ってきた楽譜(改訂版)と対照すると(あれっ全然違う…!)とびっくり。そこから、わたしと宍戸さんのマリアの旅が始まりました。
長い時間をかけて、曲に肉付けしていく、宍戸さんのその過程を近くで見られて、勉強になったり感心したり尊敬したり。今回一緒にさせていただいて、自分自身が一回り成長出来たように思います。我が身を振り返ると恥ずかしいことばかりですが。
クラインもヒンデミットも、タフな曲で、演奏する側にも聴く側にも緊張を強いる曲でした。真剣に耳を傾けて下さって、来て下さった方に感謝しています。曲の内容については、また折を見て書きたいと思います。ありがとうございました。